いまこそ、新しい経済のシステムと価値観を創り始めるとき。 水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」

資本主義は「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」を取り込むことで「中心」が利益を得て拡大されていくシステム。

資本主義の起源は13世紀、キリスト教会が「金利」を認めたことに遡るという。
そう、資本主義の主役はいつの時代もキリスト教世界。
当時はヨーロッパ大陸の封建領主が資本家で、「周辺」は東欧やイギリスだった。
16世紀になって「周辺」は”新大陸”やインド、アジア、アフリカへと広がった。
20世紀にアメリカが「中心」となって、最近まではBRICsが「周辺」だった。

いま資本主義は「周辺」空間を失ってしまい、同一国家内に「中心」と「周辺」を作り出してしまった。
富める国、貧困国と言う構図ではなく、経済力の大きな米西欧日本でも国民の間で経済格差が広がている。
新興国と呼ばれている国々は、所謂経済のグローバリゼーションによってごく一部の富裕層を生み出しているだけで、
彼(彼女)たちが「中心」となり資本主義を実践している。
貧富の差拡大は、何も中国に限ったことではなく、東南アジア、インド、アフリカなどでも、顕在化している。

資本主義は「周辺」という「空間」を埋め尽くすことで「中心」の資本が膨張する仕組みだったが、21世紀に入って「中心」の移動が滞る事態に陥っている。
象徴的なのは、利率の低下。
そう日本では1995年からもう20年近くも実質ゼロ金利だ。
アメリカも低金利政策を採用し、元に戻そうとすると市場が敏感に反応するので、塩漬け状態に陥っている。

シンプルに言えば、金利は投資リターンと同義だ。
金利が2%を切ると、投資リターンはゼロと同じだから、こうした状況が続けば、資本主義は成り立たなくなる。
いまそう見えないのは、サイバー空間が千分の一秒の”時差”を使った投資リターンを擬似的に生み出していることと、
新興国に過剰に行き渡った資金を何とか吸収するだけの「空間」が残っていたからだ。

けれども、過剰はいずれ調整局面に入り、前世紀末日本が体験し、09年に欧米が体験したバブル経済の崩壊が、新興国でも起きることを意味する。
特に、図体のでかい中国のバブル崩壊は、グローバルレベルでの資本主義の崩壊の引き金になりかねない。

資本主義は、中心と周辺、ごく一部の富裕層と大多数の貧困層を生み出して、資本の行き先を失った時点で機能しなくなるだろう。
確かに、成長のプロセスにおいて、資本主義は多数派の中間層を作り出してきた。民主主義の担い手だ。
中間層が多数派であるうちは、多数決が原則の民主主義はかなり機能してきた。
けれども貧困層がマジョリティになってしまうと、民主主義が機能しなくなる。
アメリカは民主主義の精神を重視している国家だと認めるが、現状は金融資本が国家を支配している。

かつて、資本主義は労働者を搾取しているとして批判され、共産主義が開発された。
けれども、資本が国境をほぼ自由に超えられるグローバリゼーションの時代になって、搾取されているのは「中心」の国家と「周辺」の空間だ。
資本の行き場が無くなりつつあるいま、経済が成長し続けるという妄想は捨てなければならない。
国家は経済的な主権を資本家から取り戻さなければならない。
もはや過剰が無駄であることを、すべての地球市民は認めなければならない。

ほんとに困っている人たち—実はこうした貧困層の生活は地球の寿命を縮めている—のために、過剰資本が流れる仕組みが必要だろう。
投資リターンを求めるという経済活動では無い価値観のあらたな仕組みによって、
化石エネルギーと食糧の枯渇を長引かせ、森林資源を守り、CO2の排出量を削減し、
少しでも地球とその住民の寿命を伸ばすために、
僕たちは、資本主義に代わる新しいシステムと価値観を創り出していく作業に取り掛からなければならないと思う。

中村俊裕著「世界を巻き込む」–貧困層が必要とする技術を。

新興国の国民すべてが、中間層にまで持ち上がるなんて妄想に過ぎない。
豊かな富裕層と経済成長に取り残されたボトムの人たちが残る。
1日2ドルの生活費が、3ドルに持ち上がるかも知れないが、物価は2倍になるかも知れない。
それでも、電気も水道もガスも使えずに暮らす人達はいなくならないだろう。

本書の著者は、ボトムと言われる貧困層とのラストマイルをつなぐビジネスモデルを創った。

電気が通じない地域では石油ランプで灯りをとる。ラストマイルの石油は都市部より高く、生活費を圧迫すると言う。
有害な煤が出るし、火災の原因にもなる。
水は、毎日往復何時間もかけて汲みに行く。女性や子どもたちの仕事となり、勉強する時間を制約する。
調理は薪で火をおこす。女性は水汲みと火起こしで一日が終わってしまう。
薪は森林を減らし、CO2を増やす。

こうした暮らしはローテクの導入により改善される。
ソーラーライト、ペットボトルを利用した転がせる水運搬ドラム、調理コンロなど。

必要な人たちに必要な技術を届ける。
国連を含む政府系機関の経済援助では、なかなか実現できないこと。
途上国の首都には立派な道路や空港ができるかも知れないし、資金の半分が賄賂に消えてしまうかも知れない。
取り残されれるのは、ラストマイル。

著者が代表を務めるコペルニクという組織では、フィードバックを重視する。
届けた技術がほんとうに必要なものだったのか、役に立ったのかモニタリングしながら、改善を重ねているという。
しかも、こうしたローテク道具を無料で配るのではなく、ボトム層が購入できる価格設定で購入してもらう。
一方的な、押し付けの支援ではなく、ボトム層の自立とインボルブを目指している。

新興国の一人あたりのGDPが、先進国並みになることは、資源の有限性などから、理論的に不可能なことだ。
先に富める者が富み、取り残される人たちのほうがマジョリティになるは確定された未来だ。
彼・彼女たちの暮らしを少しでも良くする努力は、先に豊かさを得た人々の義務になっていくだろう。
そして、それがビジネスとして成り立つのなら、それも良いことだと思う。